アナログ・レコード用マスタリングのヒント(EQ'd Copy)

CDや配信用にデジタル(WAV)で完成したミックスの音がそのままレコードに入るわけではありません。

 
どんな音でも記録再生できるデジタルのメディアに対して、ラッカー盤からスタンパーなどを経て(物理的にぎゅーと1枚ずつ)プレスされ て出来上がるレコードとは、その物理的制約(サンプリング周波数にあたる時間軸は無限ながら、周波数特性は20Hz~15KHz、ダイナミックレンジは小さい)で音楽的に収めるためにベテランのカッティング・エンジニアが(1)(2)(3)のような調整をします。ベテランの録音エンジニアなら、レコーディング、 ミキシングの段階であらかじめカッティングしやすい音に仕上げることこそがプロの仕事でした。カッティングとは、レコードのもとになるラッカー盤(アルミ円盤にラッカーがコーティングしてある)に音(の波形)を物理的に溝(レース)として切り込んでいく工程です。
 

 
Vinyl
 
Vinyl

 
(1)収録時間は、LPレコード(33回転12インチ)で片面18分程度が理想的です。15分ならラウドな仕上がり。逆に23分を超えてくるとボリュームは低く、内周はより歪みやすくなります。クラシックなどはピアニッシモの部分もありますので30分近く切ることも可能です。ボリュームが大きい方がS/Nはよくなります。大きな音を入れようとするとレース(溝)が深く、幅広く切り込まれますから、隣のレースにまたがらないようレースの間隔を広く取らなければなりません。広く取ると一定幅(面)に切れるレースが少なくなります。つまり収録時間は短くなります。収録時間とボリュームのせめぎ合いです。盤面積は変わりませんから、ほどよい具合にダイナミックレンジを収めることが重要なのです。
 
さらに、レコード盤面を見てください。1曲目は直径30cmの盤の外側ですが、最後の曲は内周ですから直径10cmくらいしかありません。回転数は同じですから 線速度(物理的に情報量)は4倍くらい違います。ポップス、ロックではラウドなレコードが好まれます。クラブ用の12インチ45回転などは外周だけを使って5~8分が1曲なんていうものもあります。見ての通り物理的に情報量が少ない内側は、外周にくらべて低音やボ リュームが入りにくく歪みが増えます。そういう特性を踏まえてLPレコードではA面の最後曲、B面の1曲目をどれにするかという編成(ソングオーダー)を考えます。
 
(2)左右に低音成分が広がっている場合は、歪み、針飛びの原因となり、完全逆位相の音はカッティング出来ません。レコードの “溝”というぐらいで、つまり谷でなくてはならないのです。逆位相成分とは山を削り出そうとする動きで、それはレコード盤面の上側にいく動きなので、カッティングすることも、針でトレースすることも物理的に不可能です。そのような理由から、カッティング(あるいはレコード用マスタリング)では低域が広がりすぎないように調整をしています。 
 
(3)レコードのダイナミック・レンジは狭いデジタルのそれと比べて狭いのです。周波数レンジも上は15kHzくらいまでです。FM放送や1/4の19cm/sテープやクローム・カセットと同程度です。子音、特にS、P、T、K音は、高域のするどい波形なので、無理にカッティングすると歪みます。小さい音量の子音は問題ありませんが、カッティング(あるいはレコード用マスタリング)では高域でその帯域が強いあたりを丸く落とします。具体的にはディエッサーやEQ(イコライザー) を使用して調整します。実はレコードの方がCDにくらべて相対的に暖かみがある音だ、太い音だと言われるのはこのあたりが理由でもあります。
 
(1)(2)(3)をどんなにうまくやっても、マスターテープ に忠実にラッカー盤 に溝を切り込み、外周はいいとして内周までまったく歪みなしというのは物理的にほぼ不可能です。 したがって、カッティングする際には、低域逆位相成分を調整し、加えてそれにより辻褄を合わせないといけない成分の調整をもしつつ、音楽的な音質作りをする、という職人技が必要なのです。


黄金期レコードの録音技術

[オノセイゲンの47年の経験からの記事]
ブルーノート名盤をSACDで聴けるなんて夢のよう――オノセイゲンに聞く録音技術の進化や変化、ルディ・ヴァン・ゲルダーの仕事

〈BLUE NOTE SA-CD HYBRID SELECTION〉

オノ セイゲンのFacebook投稿より、「いい音のレコード」に関する抜粋 by 田口
〜言われてみれば当たり前の話を、なるべく誰にでもわかりやすく解説〜
 

レコードの回転速度について。33回転より45回転の方が、レコードの盤面を針がトレースする情報量が多い分だけ高域が繊細に伸びます。

最初に針を落とすLPレコードA面の1曲目、そしてB面の1曲目は外周です。内周に比べて3倍以上も長く溝をトレースできます。同じ速度で回転してますから針がトレースできる長さによりそれだけ情報量が多い=低音も高域もいい音に仕上がります。内周は歪みやすくドラムやベースものではなく静かめのバラッドとか。(80年代には内周でもすごい音でカットしてくる名人カッティングエンジニアも居ましたが)もっと大事なことは曲順です。

ストーリーも大切ですが、アルバム10曲のうち重要な曲は、A1→B1→A2→A3…の順、 そうでもない曲は、B4、A4、しめのB5、A1が気に入らなくてもB1くらいは聞いてくれる。A1, 2, 3まで好きならそのLPレコードは売れます。なんちゃって。

 

国内外の諸先輩方、主にはカッティング・エンジニアから学んだこと。コンソールアウトからマスターレコーダー(例えばハーフインチ)へのトランスファーケーブルほか。

まだ駆け出しの頃、カッティング立会いに行くと「オノくん、こんな音はカッティングできません、ミックスやり直してきて」と「ミキシング時の禁則」アドバイスをしてもらえました。逆位相の音をスピーカーの外側にミックスしてみたり、、逆位相のリサージュ波形は、針が盤面の上に向かおうとするわけで、物理的にレコードにはできません。丸く広がる程度は大丈夫。

また、60〜70年代のジャズの名盤レコードでドラムとベースを完全に左右チャンネルに振り分けると歪みになりやすい。歪みも味のうちですが、同じアルバムのモノラル盤ではグッと音像にエッジをつけることができる。アメリカでカーステレオのFMラジオ向けには抜けの良いモノラル。しかもカッティングしやすい音になります。アナログテープには(デジタルのような)エッジを立てることはできませんから、カッティング・エンジニアがガシッと作り込むわけです。

 

「70年代のいい音のレコード」のような録音とミキシングだけが、結果的に「いい音のVinylレコード」になります。あの頃、輸入レコード店に行くと必ず買うのは、クレジット見てこの3人、Chris Blackwell、Alex Sadkin、Ted Jensen。アイランド・レコードは教科書だった。ワークフローとしてTed Jensenが、Vinyl レコードのためのカッティングをする前提のミキシング仕上げ。この感じはCD、サブスクでは伝わらない

クリス・ブラックウェル自伝: ボブ・マーリーとU2を世界に届けた男(クリス・ブラックウェル著 / 吉成伸幸訳)

 

片面の収録時間の目安としては、
5-12分 7分以内なら最外周だけで45回転でも33回転でもご機嫌の音のレコードになる。
13-17分 かなりいい音になる。プロモ盤向き。
18-20分以内 理想的なタイム。
21-23分 まあいいか。普通にいい音。
24分以上、ポップスには避けたい。クラシックなら。
25-29分 弱々しいが入る。HiFi ではない。
とは言えアルバムのコンセプトは優先したいよね。本気で音質を追求するなら【SACDの復権】しかない。(←オノ セイゲン2024年の結論としては)

 

あるLPレコードの日本盤とカナダ盤。同じマスターテープからカッティングエンジニアによりビッチが違う。収録時間は方面何分あるかわかりますか?それは難しいですよね? では約何本の溝があるかわかりますか?

答: レコード盤の溝は、A面とB面、どちらも1本です(笑)

特殊な例ですが、針を落とすまでどちらの曲(溝)がかかるかわからないdouble grooved vinyl レコードというのも存在します。1曲目=1本目の溝のビッチを〈自動ではなく一定速度で)余裕を持ってカッティング。2曲目の溝をその真ん中に同じビッチでカッティング。うまくいくまで何枚もラッカー盤を使うことになります。日本でも加藤和彦プロデュースの2本溝のレコードは45回転LP仕様、タイトル忘れましたが、今はめんどうなのでだれもカッティングしてくれないでしょうが。

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